「管で生かされる人生は望まない」自分の生死を自分で決められる時代へ──救急現場で進む“蘇生中止”方針の本当の意味
とりコレ3行まとめ
・全国241の消防本部で、救急隊が条件付きで蘇生を中止できる方針が文書化されています。
・背景にあるのは「本人の意思を尊重する」という医療の大きな流れです。
・“無理に生かされる恐怖”から、“自分で決められる安心”へ。制度は確実に動いています。
「自分の最期は自分で決めたい」その声が、ついに制度を動かした
「物も食べられず、管をつながれ、胃に直接栄養を入れられて生かされるのは、この世の地獄だ」
これは決して大げさな言葉ではありません。
実際に、延命治療を望まないと語る高齢者や患者は年々増えています。
そして今、その思いが“感情論”ではなく、制度として形になりつつあります。
報道によると、全国241の消防本部で、救急隊が一定の条件下で蘇生を中止できる方針を文書化しました。これは日本臨床救急医学会の調査によるもので、回答した570消防本部のうち約42%が策定済みとされています。
これまで日本では「救急車が来たら、とにかく蘇生して搬送」が原則でした。
しかし今、その常識が静かに変わろうとしています。
これは炎上ネタではありません。
むしろ、多くの人にとって“朗報”と言える転換です。

なぜ今、蘇生中止方針が広がっているのか
高齢化社会という現実
日本は世界でも有数の高齢社会です。
がん末期、重度の慢性疾患、老衰。回復の見込みがほとんどない状況で心停止を迎えるケースも少なくありません。
そのとき、「心臓マッサージをしてほしいか」「人工呼吸器をつけてほしいか」。
この問いに対して、明確に「望まない」と答える人が増えています。
DNARという考え方
医療現場では「DNAR(Do Not Attempt Resuscitation)」という概念があります。
日本語では「蘇生措置を試みない」という意思表示です。
これは“治療を放棄する”という意味ではありません。
あくまで「心肺停止時に、心臓マッサージや電気ショックなどの蘇生処置は望まない」という意思を示すものです。
人生の最終段階をどう迎えるか。
それを事前に話し合う取り組みは「ACP(アドバンス・ケア・プランニング)」とも呼ばれ、国や自治体も推進しています。
これまでの問題点──「本人の意思」があっても止められなかった
これまで救急現場では、たとえ家族が「本人は望んでいません」と言っても、救急隊は原則として蘇生を開始する必要がありました。
なぜか。
・法律上の明確な整理が不十分
・救急隊単独では中止判断が難しい
・トラブル回避のため“とにかく搬送”が安全
こうした事情がありました。
その結果、本人が望まない延命措置が行われるケースもあったのです。
胸骨圧迫は強い力で行います。肋骨が折れることもあります。
人工呼吸器をつければ、口から物を食べることはできません。
胃ろうを造設すれば、腹部に穴を開けて栄養を入れ続けることになります。
「助かった」のか。
それとも「生かされた」のか。
この問いは、決して他人事ではありません。
新方針の中身──“何もしない”わけではない
誤解してはいけないのは、「救急隊が勝手に何もしなくなる」という話ではないことです。
今回の文書化された方針では、
・終末期であること
・本人の明確な意思表示があること
・かかりつけ医などの確認が取れること
など、一定条件を満たした場合に限り、医師の指示のもと蘇生を中止できる、という枠組みです。
多くの消防本部では、医師のオンライン指示を必須としています。
つまり、
「確認もせず放置する」のではなく、
「確認を取ったうえで、尊厳を守る」という運用です。
ここが重要です。
「延命=幸せ」とは限らない現実
医療技術は進歩しました。
人工呼吸器、胃ろう、中心静脈栄養。命をつなぐ手段は増えました。
しかし、それが必ずしも“本人の幸せ”とは限りません。
意識が戻らないまま何年もベッドで過ごす。
会話もできず、食事もできず、ただ管で栄養が入るだけ。
家族は「生きていてほしい」と願う。
本人は「そこまでしてほしくない」と思っているかもしれない。
このズレが、これまで多くの葛藤を生んできました。
SNSや世論の反応はどうか
ネット上ではさまざまな意見が見られます。
肯定的な声としては、
・「本人の意思を尊重するのは当然」
・「無理な延命より自然な最期を選びたい」
・「救急隊の負担軽減にもつながる」
一方で、
・「家族の気持ちはどうなるのか」
・「本当に本人の意思か確認できるのか」
・「線引きが難しい」
といった慎重な意見もあります。
つまり、賛否はあります。
ですが共通しているのは、「最期をどう迎えるか」という問題に多くの人が真剣に向き合い始めているということです。
海外ではどうなのか
海外では「Termination of Resuscitation(TOR)」と呼ばれる蘇生中止基準の研究やルールが存在します。一定条件を満たせば、現場で蘇生を打ち切る判断を行う仕組みです。
日本はこれまで慎重姿勢でしたが、今回の241消防本部の動きは、国際的な流れとも無関係ではありません。
ただし、日本の制度は医師確認を重視するなど、独自の安全策を取っています。
急激な転換ではなく、段階的な整備と言えるでしょう。
これは“死を選ぶ制度”ではない
誤解されがちですが、この方針は「死を推奨する」ものではありません。
あくまで、
・回復の見込みがほぼない
・本人が明確に望んでいない
・医師が医学的に妥当と判断
という状況で、「無理な蘇生を行わない」という選択肢を認めるものです。
大切なのは、“選べる”ということです。
まとめ──自分の人生は、自分で決める時代へ
「自分の生死を自分で決められるのが嬉しい」
この言葉の裏には、
“無理に生かされるかもしれない恐怖”があります。
241消防本部での方針文書化は、小さなニュースに見えるかもしれません。
ですが実際は、日本の終末期医療における大きな転換点です。
命を軽く扱う話ではありません。
むしろ、命をどう終えるかを真剣に考える社会への一歩です。
救急医療は「救う」だけでなく、
「尊厳を守る」役割も担い始めています。
あなたはどう最期を迎えたいですか。
今こそ、家族と話すべきテーマかもしれません。
参考・引用記事
救急隊、蘇生中止方針が増加 241消防本部で文書化(共同通信配信)
https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/1783284
救急隊、蘇生中止方針が増加 241消防本部で文書化(埼玉新聞)
https://www.saitama-np.co.jp/articles/183725
人生の最終段階にあり心肺蘇生等を望まない傷病者への対応について(東京消防庁)
https://www.tfd.metro.tokyo.lg.jp/lfe/kyuu_adv/acp.html
DNAR(日本救急医学会 用語辞典)
https://www.jaam.jp/dictionary/dictionary/word/0308.html
人生の最終段階にある傷病者の意思に沿った救急現場での対応について(日本臨床救急医学会)
https://jsem.me/wp-content/uploads/2017/04/0e7f884c59f52e065b274fcb5be129f36d8d572f.pdf










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